
2002年に講談社から刊行された小説「仮面ライダー」シリーズ、
第1部「誕生1971」
第2部「希望1972」
そしてそれに続く
第3部「流星1973」
が、
知らぬ間〜今年の2月に発売されていました。
元々は講談社から出ていたシリーズでしたが、
続編が世に出るにはいろいろな
“大人の事情”
めいたコトがあったようで、
それが今回株式会社エンターブレインから、
先出の1部2部とをまとめた形でようやく出版されたようです。
最近のテレビシリーズの“仮面ライダーを名乗るモノ達”は、
平気で一般市民を銃撃したり、
婦警だから市民ではないと思っているのか…事件解決の為にと婦警の顔を殴って出血させたり、
個人的には怒りを感じずにはいられないコトをしていますが、
本作の仮面ライダーは言います!
「ひとりずつでも、おまえたちの戦力を削っていく。おまえたちが倒れ、次のおまえたちがあらわれるなら、それでも構わない。その、次のおまえたちと戦うだけだ。」
〜第1部・誕生より
「言ったはずだ。覚悟はできた、と。俺は〈ショッカー〉と戦う。この先、自分が失ったものを想い、嘆く日も来るだろう。なんども来るだろう。だか、それでも俺は〈ショッカー〉と戦う。平凡な幸せを失ったことが、いまの、俺の誇りだ」
〜第2部・希望より
「ただ生きたいと願う魂を守る。自分の使命はそれだけだ」
〜第3部・流星より
強大な力〜権力や暴力などに抗う力を持たぬ弱きモノ達の為に戦うモノ、
それこそが仮面ライダーが仮面ライダーたる証しであると、
自分は信じています!
面白ければ何をやらせても良いと思っている資本主義の言いなりなキャラクターは、
決して仮面ライダーたり得ません!
数字が大きな力と意味を持つこの資本主義社会において、
そういう男の生き様を物語るというコトは、
やはりそれは“御伽噺”であるのでしょう。。。
しかし、
たとえ映像化されずとも、
大人の事情で(!?)なかなか出版の機会に恵まれずとも、
こういうエッセンスこそが、
大人になった今でも夢に描く仮面ライダーの姿なんだと思うのです!!
自分の記憶が正しければ、、、
“子供が真似て描きやすいように”
との願いを込めてあの仮面をデザインしたと聞きます。
子供たちのために、、、
そう願った原作者は果たして、
仮面ライダーの名を持つキャラクターが意味なく一般市民に銃を撃つコトを望んだだろうか?
自分は、
決して望んでいないと確信します!
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