稽古日誌

お手製、リンゴジャム

お手製、リンゴジャム
とある呟きで、

「リンゴとレモンと砂糖でリンゴジャムを作った」

ってのを聞きました。

その日丁度ウチにもリンゴとレモンと砂糖があったので、

試しに作って見ました。

リンゴの皮を剥いて薄くスライスしたモノに砂糖をたっぷりかけて、

ついでにレモン汁を絞って、

弱火でコトコト煮てみました。

50g入りのインスタントコーヒーの空きビンがあったので、

熱湯消毒してから詰めました。

瓶詰めの時に味見をしたら、

なかなかの甘味と酸味のバランスで、

初めてにしては、

ちょっと美味く出来ましたよ!!

上手く出来た料理は、

ささくれた心を穏やかしてくれます。

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やっぱりツイてなかった(≧ε≦)

やっぱりツイてなかった(≧ε≦)
稽古前の朝の儀式を早々に済ませてからスタジオの向かうと、

なんとスタジオの扉に鍵がかかっています。

10時を過ぎても誰も来る気配がありません。

どうやら今日の稽古開始時間が変わっていたようです。

前回の稽古を…ケツカッチンだったので早めに帰った自分にはその連絡が届いていなくて、

帰る前に“10時から”と確認していたのが、

その後の稽古の流れで10時半からに変わったようです。

それを知らなかったので色々考えてしまいました、、、

時間が違うのか?(あと一時間ゆっくりできたか?)

それとも稽古の場所が違うのか?(前に違う稽古場を使った事があった、そっちに変わったのか?)

慌てて関係者に連絡をとったら・・・上記の如く開始時間が変わってました。

安心しつつも、

独り寂しく階段で待つ30分でした…。

(≧ε≦)

でも、

稽古が終わったら、

生徒さんの女の子達がいっぱいバレンタインのチョコをくれたので、

最後はツキを取り戻しました。

良かった〜( ̄∀ ̄)

画像のチョコは、

今回の最年少共演者の小学生がくれました!

コレも飾りが顔になってます。

あぁ・・・可愛くて、

もったいなくて、

食べらんない!

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あぁ〜冷たい便座だぁ…。

ミュージカル発表会の稽古です。

稽古場に入る前にトイレに寄って一仕事しておくのが習慣です。

いつもは駅のトイレで済まして、

同じく駅ナカの売店でドリンク剤を買ってから稽古場へ向かっていましたが、

先週、

改札外の駅ビルのトイレが、

ウォシュレット付きで

しかも、

便座が温かい事を発見しました。

なので今日はそこに行こうと思って

駅のトイレはスルーして改札を出ました。

ところがここで大誤算!

駅ビルのシャッターが開くのが10時からだったのです。

今日の稽古は10時からで、

改札を出たのが9時40分頃…、

まだシャッターが閉じています(泣)

大腸が朝の儀式の開始を求めていますが、

稽古場が開くのは10時の5〜10分前、

まだ開いているはずはなく、

駅前のケンタッキーもまだ開店前です。

やむを得ず遠回りになりますが、

稽古場の少し先にある24時間営業のスーパーのトイレに入りましたが、

こちらは駅トイレと同じく冷たい便座です。

今日はついでない予感がします。

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残雪

残雪
雪の降った翌朝に、

マンション前の花壇に、

花が雪に埋もれていました。

道路は凍結していませんでしたが、

電線に積もっていた雪が溶けて、

頭上から水滴が落ちてくるのが危険です。

カラスなどの野鳥の空爆より高い確率の攻撃でした。

今日は最終稽古だったのであまり吠えずに、

コレまでの稽古の振り返りとまとめをさせるつもりでしたが、

あまりの不甲斐なさにまた吠えてしまいました。

残念な稽古場でした。

夜には演出を前にしての最後の通し稽古をしているハズです。

松元は夜には行きませんでした。

彼らが一刻も早く、

自分なりで良い、

演技とは何かの問いに直面し、

それを体現出来る自分なりの表現について考えられる人となるコトを望みます。

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稽古場で何を怒るのか?

最近は稽古場で怒ってるって記事が多いようになっていますが、

どんな事を怒っているか?

例えば、

通し稽古前には、

その通し稽古に向けて集中していくべきです。

いい間違ったせりふをチェックしておくとか、

直前にもらったダメ出しをさらっておくとか、

シーン転換の段取りを確認しておくとか、、、

やるべき事は様々あります。

「○分後に通し稽古を始めます」

そう言われたのに、

そういう具体的な準備をしないのか?

具体的な作業や、

稽古に対しての集中力を高める必要があるのは、

見る側である自分も同じです。

前回の稽古を思い出し、

それとの違いを見出せるように明確にイメージします。

そういう風に、

稽古に向けての具体的な行為をすることが、

毎回の稽古に“目的意識”を持ち込むことに繋がります。

そういう準備なしに稽古に望んでも、

何も新しい発見は出来ません。

必要だからやるんです。

俳優ならば緊張感を取り除く為の作業も必要です。

ストレッチや発声などです。

本番に向けての稽古を積むという事は、

そういう具体的な事を積み上げる事だと思います。

そういうセンスのない人は、

毎回“無目的”に、

ただ稽古もどきをしているのです。

紙に書かれたせりふを口にするだけで芝居をしているような気になっているだけです。

だから、

何度も言われるダメ出しが直らないのでしょう。

そういう無神経さを、

自分は怒ります。

稽古場は有料で、

しかも使える時間は限られているにもかかわらず、

稽古場の外でも出来る事に気をとられ、

稽古場でしか出来ない事をやらない。

今やらねばならないことよりも、

今やらなくても良い事に気をとられて、

時間も空間も無駄にする、、、

そういう考えない行動にハラをたてます。。。

全ては無目的な稽古につながる事です。

自分のそういう考えが唯一の正解だとは思いません。

だから、

自分なりの哲学をもって演技に向かい合ってくれれば良いのですが、

そういうこだわりも持っていない事が腹立たしいのです。

何のために演劇をするのか?

考えない人達には、

そういう疑問はないのでしょうね。。。

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精神的に一段落な気分

年度末発表会用の台本の第三稿を配布し、

二月頭の公演の稽古場では、

ボスがキッチリ演出しているので自分は横で見ているだけなので、

コレまでのように吼える必要も無くなったし、

時間的にはあまりゆとりはありませんが、

精神的に一段落した気分です。

とはいえ、

年度末発表会の稽古はまだほとんど作品化出来ていないし、

自分主催の演技勉強会でも発表会的な事をやろうと企んでいるので、

そちらの企画も何とかしたいので、

あくまでも一段落です。

やりたい事があって、

その為に自分の時間を使える事はとても幸せなんだろうなぁ。。。

今普通に出来る事、

そういう事が不慮の事情で出来なくなるなど、

そういう辛さを知らない若手は、

稽古で怒られる辛さがイヤで逃げ出してしまうけど、

稽古で怒られたり、

上手くいかなくて悔しい思いをするのは当たり前の事だからね・・・。

好きな事が自分の意思や思い以外の事情で出来なくなる事の方が、

もっともっと辛いんだよ。

そういう事情の果てに、

それまで好きだった事が、

嫌いになってしまう事の方が

よっぽど辛いんだよ。

そういう事を知れば、

たいていの稽古場での苦労は苦労ではなくなります。

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自分だって怒鳴られてきました。

そうやって、

師匠のエネルギーをもらって育ってきました。

だから、

下の者にその恩を返すのが自分に課せられた責任です。

打てば響いてくれる人がいるならば、

頑張って怒鳴る事にします、、、

怒鳴れる環境の時には・・・ですが。

今は目の前の事に気持ちを奪われて、

コチラの言っている事の真意を振り返る余裕もないでしょう。

だから、

もうしばらくは長い目で様子を見ていく事にしますが、

もう数年越しに怒鳴り続けている人とは、

もうコレっきり縁を切る事も少しは考えます。

ただ、

そうする前には、

きっちりそういう関係に決着をつけるに足る付き合いを、

もう一度構築してカラの事です。

もちろん、

“そうする事を先方も望むのならば”です。

良くも悪くも相手があっての事ですからね。

相手が自分との関係を望まないのならば、

それは仕方のないことです。

二度と付き合いません。

同じ魚という括りの生き物でも、

淡水魚と海水魚では同じ水槽には住めないように、

同じ演劇人であっても、

目指すモノや大切にする物が違えば、

決して同じステージには立てませんから。

あと10日程で、

そういう関係も終わってしまうかもしれません。。。

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稽古場で怒鳴ることの良い面は、、、

怒鳴ることは、ただストレスが溜まるばかりではありません。

良いこともあります。

今後の演劇教育において、

どういう事を具体的に生徒に教えていけばよいのか?

それを考えるよい機会になる事が、

大声だして稽古場で怒鳴ることのメリット(?)です。

教訓を次回にいかせるように、

今日も熱く稽古を見に行きます。

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声を荒げるのは、愛情の証

だと思います。

きっと、そうです。

大声を出すにはエネルギーが必要ですから。

どうでもいい連中にはそんなエネルギーは使いませんから。

今日はまた別の俳優達のいる稽古場へ行きました。

学生達が自分達で作っている舞台作品です。

自分達で作っているのでなかなか上手くいかない所も多々あるようで、

「稽古を見てもらえませんか?」

そう頼まれましたが、

自分と学生との間に横たわる“大人に事情”って奴に阻まれて、

自分は見てあげたかったのですがなかなか稽古場に行くことが出来ず、

今日やっと、

“忙しくて本番を見られないので、代わりに稽古を見せてもらう”

という建前で、

やっと見てあげられました、、、

といっても“大人の事情”に響かない程度にですが。。。

※こういう大人の事情ってのも、自分にとっては馬鹿馬鹿しい事この上ないのですが、社会の大人はこういう事が大事なようだから面倒くさい。そういう話は、またいつか考えたい事です。。。

ココでは怒鳴りませんでしたよ。

なぜならば・・・、

彼らは自分達の力で、

試行錯誤しながら、

苦しみながら作品に取り組んでいるから!

そういう苦しみが、

彼らの作品の存在感として作品から漂って来ているから!!

それこそ誰に作られたモノでもない、

彼ら自信が生み出す彼らの作品となり得ます。

それこそが『演劇』の正しい姿の一つでありましょう。

何かを求めて必死に考えて、

せりふを、

シーンを、

演技を考えること。

俳優として生きるという事は、

そういう事なんですよ!

そういう苦労の果てに見つけた言葉や演技が、

生きたせりふや生きた芝居になるんです。

こういう苦労を経ずに形にしただけの行為を『演技』や『演劇』だと勘違いしているモノが多すぎます。

それが自分の身近の人ならば、

コチラにその人に対する何かの気持ちがある限りは、

大声で怒ってあげましょう!!

明日もまた問題の稽古場で、

大声で怒鳴りそうな予感です。

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お腹が激しく空く理由

ここ何日か、

やたらお腹が空く実感がありましたが、

その理由が思い当たりました。

きっと稽古場での集中力と緊張感で脳が栄養を求めている事と、

ダメ出しですぐにキレて大きな声をだして、

机などを(壊さない程度に)激しく叩いてしまったりしているからでしょう。。。

自分が思っている以上に興奮しているからでしょう。

だからこそ、

稽古の終わった直後にくだらない・・・(これはその人の価値観によるなぁ)

くだらないというよりは、

今日の稽古に関係のない普通の話題でケラケラと盛り上がっている様子を見ると、

「俺があれだけ力説して、お前らに伝えようとしている事の意味をどう考えているんだ!?」

と、

キレてしまうわけなんです。

そうするとまたお腹が空くんです。

きっとそれが原因の一つです。

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