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演劇覚書

表現者の端くれとして大事にすべきは、

表面化する為の技術よりも、

その内にあると思う“心”だと思うのです。

技術とは、

見えないそして、

定まったカタチのない“心”を、

見物に具体的に感じてもらう為に必要な事でしかないように思うのです。

だから、

技術よりも、

表現したいという欲求がなけば表現者にはなれないんじゃないか?

キレイに上手に台詞を読みたくて声優になりたい人もいるだろう。

キレイに上手に歌を歌いたくて歌手を目指す人もいるだろう。

そういう勝負がしたいならば、

圧倒的な技術を極めるべきだと思う。

圧倒的な技術には感動をおぼえるから。

カタチのない何かをカタチにする事も、

カタチを極める事も、

どちらも大変な作業です。

そして、

どちらも行き着く先で互いに交わるように思われます。

極められたカタチにも、

強い共感性を感じられる表現にも、

そのどちらにも、

我々は感動おぼえる事が出来るのです。

1315528458595.jpg
(どっかのサイトで見つけた綺麗な画像)

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