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代役を務めるという事

稽古に欠席している人がいる場合、

時に代役に入ってもらって稽古をする場合がありますが、

この“代役”というのもまた曲者です。

多くの初心者や学生は、

代役の意味を理解しません。

代役とは、

芝居の流れを損なわずに相手役が稽古を出来るように努めるべきだと思います。

だから代役は自分の感情でせりふを言ってはいけません、

自分の間合いで芝居をしてはいけません、

本役の人が行っている演技を可能な限り再現し、

相手役がいつも通りに近い演技が出来るように努めるべきです。

(これは主に中盤以降の稽古の話です。初期の、発見を目的とした稽古では、むしを逆に、積極的に演技を仕掛けて、様々な発見の手伝いをするべきだと考えます)

それは『バッティング・ピッチャー』的な考え方だと思います。

バッティング・ピッチャーが本気で“打者を打ち取ろう”なんて考えてしまったら、

バッティング調整の意味がなくなってしまいますから。

代役を務める事は一つのチャンスです。

そこから新しく役をもらえる可能性はあります。

自分がやっている以外の役を勉強する具体的なチャンスです。

しかし多くの初心者は、

代役とは“代わりにそのシーンに出ること”だと勘違いをし、

相手の本役の事など考えず、

嬉々として“自分の芝居”をしてしまいがちです。

それはセンスがないと断じましょう。

代役の意図を理解していないと同時に、

普段からそのシーンをきちんと見ていなかった事を証明してしまいますし、

嬉々として演じているその演技が、

台本の解釈にそぐわなければ、

火に油を注ぐがごとく、

己の無能ぶりを曝けている事になりますから。

普段から、

自分以外の人たちの稽古を目的を持ってみていれば、

だいたいの間合いやニュアンスは覚えているものです。

そういう人、、、

代役にも関わらず周りの芝居を壊さずにそのシーンに溶け込める人が、

「お、あいつ代役なのになかなかやるな・・・」

と思われて良い評価をされるのです。

(極論です・・・そういう演出家ばかりではありませんからね)

何が言いたいのかといいますと、

もっと他の人の稽古にも興味を持って欲しいという事です。

“人は人、自分は自分”

というよりも、

“人のモノ(演技)はオレのもの、オレのモノはオレのもの”

という貪欲さを持たなければ、

限られた時間しかない稽古場では、

損をするだけですから。

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