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演技として、相手を“見る”ということ

演劇に必要なものは?

と聞くと、

多くの学生が“コミュニケーション”という風に答えます。

具体的には?

と聞くと、

「相手のせりふをちゃんと聞いて、相手をしっかりと見て・・・」

という風に答えが返ってきます。

そういう人の多くは、

得てして相手役のせりふを聞いているつもりになり、

相手役を見ているつもりになっている場合が多々あります。

本当に見るという事。。。

例えば・・・、

探し物をしているときに、

自分では必死になって色々な所を見て回っているつもりでも、

実際はちゃんとは見ていなくて、

後で落ち着いた頃に改めてその場所を見てみたら、

そこに探していたモノを見つける・・・なんて事がありませんか?

その時、

本人はきっと必死になってその場所を見ながら探したはずなのに、

実際には何も見えていなかったという事になります。

相手役を見るという事は、

相手の存在を漠然とそこに感じる事ではなくて、

相手役の発する気配や目配せなどの小さな反応までも知覚し得るように相手を感じる事を言います。

相手の芝居との呼吸を合わせる事が求められる芝居では、

具体的に相手とのコミュニケーションを図る必要があります。

予め段取りを打ち合わせておく事が必要な場合もありますが、

日常を描くような芝居ならば、

そういう小さな反応などは稽古の中から見つけていくモノです。

だから、

芝居の稽古の段階では、

慌てずに、

そのシーンを流れる空気に身をゆだねる事も必要だし、

自分のプランを組み立てる事と等しく、

相手役の演技プランを感じる事も同じく必要なのです。

そういう繊細な感性があれば、

大抵の人間は演じられましょう。

そういう感覚を持ち合わせていない人間がやっているのは、

演技ではなく、

演じているつもりです。

そのつもりは、

以前にも書きましたが、

まったく経験値としては積もらないモノで、

つまらない演技もどきにしかならないのです。

ちゃんと相手役を見ること、

相手のせりふを聞くこと、

これらは演技実習の初期に必ず誰もが言われる事です。

でも、

それが具体的にどういう事なのかを、

的確に理解している若手も、

的確にダメ出す指導者も少ないのかもしれません。

我々にとって、

それは当たり前の事だから、

つい、

常識と捉えて、

あまり細かくを伝える事を忘れるのです。

初期の一歩から具体的に説明する事・・・、

それは本来の『芸は見て盗むものだ』という考え方からは少々優し過ぎるのかもしれませんが、

歌舞伎や伝統芸能の世界の御曹司のように年齢一桁から芸に触れているモノには、

そういう盗む感覚も大事でしょうが、

我々はそれらからしたら、

単純に10年以上は遅れてスタートしていますから、

その差を埋める為には、

そういう直接指導も必要になります。

それが、

演劇の指導者が商売になる理由の一つだと思うのですが。。。

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