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電王にはやっぱり複数の仮面ライダーが登場するらしい。

仮面ライダー電王 ライダーヒーローシリーズD02 仮面ライダー電王 (ロッドフォーム) Toy 仮面ライダー電王 ライダーヒーローシリーズD02 仮面ライダー電王 (ロッドフォーム)

販売元:バンダイ
発売日:2007/02/10
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平成仮面ライダーシリーズ最新作『仮面ライダー電王』では主人公に取り憑いた“イマジン”=未来から来た“精神体”の種類によってその形態や能力が変化するそうな…。

そうやっていっぱい仮面ライダーを出した方が“オモチャ”を売りやすいんでしょうね、きっと。オモチャが売れないと番組続かないし。

最初、ショッカーと戦う力を持った存在はショッカーによって改造された肉体を持つモノ=『仮面ライダー』唯一人だった。

改造された肉体は、そのスペックにより引き出す性能の限界値が決まっている。
たとえ改造された時期には最新の技術を投入されていたとしてもその後には、より優れたスペックを持った改造人間が投入されるコトになる。
いかに仮面ライダーが強かったとしても、時を重ねるごとにその戦いは苦しいモノとなっていった。
機械ゆえに決まっているスペック。その限界を超えるコトが出来るとしたらそれは、その改造された肉体を操る『人間としての精神力』しかない。

強力な敵に敗れたトキに彼らは何をもってその敗北から立ち上がったか?

1号ライダー再登場の際には“再改造された”という設定が為され、他にもパワーアップ用のパーツを新たに組み込む~Xライダーのマーキュリー回路、ストロンガーの超電子ダイナモ~等の処置がドラマを盛り上げる要素として行われた。

しかし、それ以外にも己を強く変えていく方法があった。
それは『特訓』である。

仮面ライダーV3
彼は次々襲いくるデストロンの怪人軍団に幾度となく敗れ、そのたびに命がけの特訓を自らに課すコトで己の限界を越えていった。

オモチャを売るための手段”ではなく、“ドラマを見せる”ための手段”として『パワーアップ』という手段が使われていた。

それともう一つ。
サイボーグを主人公とした別の石ノ森作品『サイボーグ009
その劇中主人公が語るセリフ…。

サイボーグとしては試作品である彼は、完成品ともいえる強力な敵に問われる。
「貴様の武器は?まさか加速装置だけか?」
その問いに009は追い詰められながらも答えます。
「それと、勇気だ!!」と。
ここにメッセージがある。

改造された肉体=兵器であるということ。しかしそれは使う者の意志によっては“人を傷つける”ではなく“人を守る”となり得るということ、大切なのは“”であるということ。

『だから仮面ライダーはどこまでも強くなれるのだ』ということである。

電王にて登場する未来からの精神体“イマジン”が主人公に問う。
「お前の望みを1つ叶えてやろう。それは何だ?」と。

願望欲望がカギになっているようだ。

その望みを叶える力を我がコトの為に使えば社会や他人に仇なす存在となる。
それを打ち破るのが『仮面ライダー』であるならば、“世の平和や自分ではない誰かの笑顔を守る”コトをその望みとしなければ、もしくは戦いを重ねる中でそういう自覚を自らの内に定着させていくコトが無ければ…そういう戦いでなければ仮面ライダーのテーマになりえない。

いきなりクライマックスというキャッチコピーが=全編クライマックス=映像的な見せ場としての“戦い”をいうのならば、それは作品として薄っぺらいと断言する。
描くべきは手に入れた力を如何に使うかという“心の戦い”である。

世に10人のファンがいれば10通りのライダー像がある。
これはあくまでもドカンが望む仮面ライダー像であるのだが…。

重ねて、奇抜なデザインや設定は嫌う理由にならない。古き設定が作品の縛りになるコトは望まない。
しかし作品が『仮面ライダー』を名乗るかぎりは、そこに時代が変わろうとも“不滅のテーマ”を込めて欲しいと願わずにいられないのが自分である。

平成仮面ライダーシリーズ『仮面ライダー電王』第二話まで放送済み。
しかし未だ作品のテーマは見えない。

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